DIVERSE TEAM SURFER
とは・・・

  • それは、私たちの仲間で本当にサーフィンがうまい。
  • それは、サーフィンを中心としたライフスタイルをおくっている。
  • それは、サーフィンで生活をおくることができている。
  • それは、DAVEのデザインの限界を超えるチャレンジする者。
  • それは、私たちに利益をもたらすことのできる知識、経験、影響を持っている者。
  • それは、サーフィンを毎日していて、世界のどこかでDIVERSEの板をたくさん売ることのポディションにいる者。


DIVERSE TEAM RIDERは上記にあげた基準のいくつか、すべてか、またはそれ以上満たしている者達です。チームライダーにはDIVERSEの板をフリーでのることができます。もしこのすばらしいチームの一員になりたいのなら、自分の詳細とカスタムオーダーを一緒に送ってください。エリートサーファの一員となり、またDIVERSEの様々な板に乗り、毎週新しい事を学べる事になるかもしれません。

Emailまで連絡してください。
英語  dave@diversesurf.com.au
日本語 daisuke@diversesurf.com.au





Dale Richards (デールリチャーズ)

これはwww.oceanartwork.comのダンハワードによって書かれたDale Richardsについてのショートストーリーです。

 デールは2007年度のWCT(現WT)の最初のイベントQUIKSILVER PRO GOLDCOASTのトライアルに選出されました。そこでデールは他の経験豊富な15人のトライアルの選手の中からヒートを勝ち上がりみごと優勝をし、メインイベントへの切符を獲得しました。これはアボリジニーサーファー初の快挙となったわけです。(アボリジニーとはオーストラリアの原住民の事)45人のトップサーファーで行われるメインラウンドに加わって、最初に3度世界チャンピオンに輝いているアンディアイアンズ、そして次に彼のアイドルでもある8度世界(当時、現在は9度)チャンピオンに輝いているケリースレーターと対戦しました。その時はケリースレーターという壁を越す事ができずにラウンド2で敗退してしまったのですが、この大会で18歳のデールの功績をたたえられ、サーフィン界で注目の的となりました。それ以来デールはムービーの出演や他多数の取材などが殺到し、パームビーチカランビン高校のSports excellence program(日本で言うスポーツ特待生コースのようなもの)出身の1人として世間に認められて行きました。

 ビーチまで10分という所のTweedHeadsという場所に住んでいるデールは、サーフィンを始めるまでそう時間がかかりませんでした。サーフィンを始めてからデールが11歳の時、KIRRAサーフライダーズ(ミックファニングなど有名サーファーが多数所属しているクラブ)のメンバーになりました。デールはジュニアの大会にすぐに参戦し、学校に行きながら時間を見つけてはサーフィンのトレーニングしていました。その様子はすぐにDAVEに届き、デールのポテンシャルの高さを感じさせられました。DAVEはデールの板を作り始め将来世界チャンプになれるように共に訓練して行きました。
 2003年度にはブラザーズニールセンのグロムの大会で4位、Cronullaビーチで行われたNSW州タイトルで4位、フィンガルビーチで行われた18歳以下のアボリジニーの大会で2位という結果を出しました。16歳までにデールはクイックシルバーを含むたくさんのスポンサーを獲得しました。その後も飛躍的なパフォーマンスを続けプロジュニアのスターという地位を確立し、期待の若手サーファーの1人として世間に認知されていきました。そして世界最高峰の大会においてデールのパフォーマンスを見せるというすばらしい功績を残したのです。

Dru Adler(ドルーアドラー)

 ドルーは世界のトップレベルのエアリストサーファーで並外れた才能の持ち主です。2メートル以上も身長があり、その身長に何の障害もなく波のランプを見つけてはエアーを繰り出します。クイックシルバーのエアーショウで優勝したり、サーファーズパラダイスで行われたブーストエアーショウではタジバロウに次いで2位の成績を収めるなどしております。ドルーのレギュラボードは6.4 x 19 1/8 x 2 3/8を使用しています。

James Hollmer Cross(ジェームスホルマークロス)

ジェームスはオーストラリアの南にある島のビッグウェーブでおなじみのシップスタンというポイントのあるタスマニアに住んでおります。ジェームスはリップカールのサーチチームの一員であり、数々のビッグウェーブショットを残しています。また2009年度のBILLABONG XXL GLOBAL BIG WAVE AWARDにもノミネートされました。
トーインセッションではクアッドフィンのウッドトーインボードを使ったりしています。

ISAAC PADDON(アイザックパドン)

 シドニーのマンリー生まれのアイザックはプロロングボーダーであると同時にミュージシャンでもあります。レゲーをメインとし、ブルース、カントリー、ロック、フォークなどをミックスした音楽で、これまでに3枚のCDアルバムをリリースしており、民族楽器のディジュリドゥ、カリビーン、スティールドラムなどを好んで使用しています。ゴールドコーストに移り住み、アイザックは1FTの波でも、15FTの波でも関係無しに常にサーフィンをし、夕暮れ時にはギターとハーモニカで演奏といった生活を送っております。オーストラリア全土で行われるASPLQSコンテストにも積極的に参加しており、DIVERSEの顔としてTUGUNの店で素敵な笑顔を見せながらお客さんに丁寧に板について教えてくれます。DIVERSEの他にウェットスーツのFOXがついてます。

Hayden Welch (ハイデンウェルチ)

Andy Campbell(アンディキャンベル)

タスマニアのシップスターンでのライディングにおいてアンディは世間によく知られています。 最近何年かはタスマニアの寒さから逃げ、バリに滞在しています。いろいろなモデルの板でいろいろな場所でサーフィンし、バリにおいてツインとクアッドフィンボードのテストライドをたくさんするなど、DAVEの板の開発を手伝っております。
 これはアンディとDAVEの行った様々なテストからの参照です。DAVEとアンディはバリやインドネシアの波用に新たなコンセプトの板をテストしました。DAVEが最近バリにきた時に共に板のデザインを微調整し、いろいろなコンディションに対応できるものにしました。その内容とは1本の板でミディアムからラージサイズのリーフブレイクに必要不可欠な性能と頑丈さを保ちつつ、ビーチブレイクのスモールウェーブにおいてもマニューバの描きやすい軽さを出すことです。バリのいろいろと違うロケーションでいくつかの板を試しいいとこと悪いとこを発見し、理想に近づけました。その結果がDKモデルです。これはスモールウェーブも対応のオールラウンドボードです。

Amee Donohoe (エイミードナホー)

 エイミーはシドニー出身でグロメット時代から注目をあびており活躍しています。膝の怪我をし18ヶ月のリハビリを余儀なくされたりと苦労をしましたが、2007年から現在に至って世界最高峰のツアーであるASP Women’s World tourWT)に参加しているサーファーの1人であり、2007年度のWCT(現WT)ランキングは6位、2008年は5位と世界中にその名を轟かせております。主なタイトルは2007年度のハワイでのトリプルクラウン。

Jess Roberts(ジェスロバーツ)

ジェスはカランビン出身の若手ロングボーダーです。現在クイーンズランド大学で獣医科学で勉強しているジェスは、勉強とサーフィンの両立という若者の見本となるような生活を送っております。またロングボードの大会に定期的に参加し、オーストラリアライフセービングタイトル、クイーンズランドスクールロングボードジュニアガールズ、ジュニアガールズエバンズヘッズの大会で優勝するなど、数々のタイトルを手に入れています。ジェスが勉強していない時は、海ですばらしいサーフィンスタイルを開発しているか、トリップに出ていたり、雑誌やTVに出演したりなど精力的に活動しています。本当にかわいく親しみやすいジェスはDIVERSEの大切な仲間でありチームライダーです。

Angie Koops(アンジクープス)

アンジはニュージーランドのカイコウラ出身のサーファーで、サーフィンとスノーボード両方にスポンサーを持っています。ニュージランド、オーストラリアで行われるコンテストに積極的に参加し、2008年度にはHyundai National Championshipで見事優勝し、ニュージーランドのナショナルタイトルを手に入れました。サザンクロス大学サーフィン学科を卒業後、リメディアルマッサージの資格を取得しゴールドコーストでスポーツセラピストとしてもビジネスを展開しております。

Sima Rae (シマラエ/田辺椎馬)

日本では田辺椎馬として名の通っている椎馬は、バリニーズの父と日本人の母を持つハーフのサーファーで、バリに拠点を置き活動しております。クラマスで行われた2010年度のJPSAコンテストの第一戦で見事プロ資格を取得。まだ弱冠19歳の椎馬はインドネシアサーキットなどのコンテストに積極的に参加しており、将来期待される若手サーファーの1人です。ホームポイントはクタリーフ、平塚生コン。

Mattia Morri (マッティアモッリ)
インドネシアとイタリアの両親を持つマッティアは自由にヨーロッパ、インドネシアを行き来しサーフィンをしています。イタリアのコンテスト入賞するなど実力はサーファーであり、アパレルのスポンサーとしてインサイトからも支援されています。